小説

... 続きを読む

小説における泣き別れの考察(京極夏彦)

泣き別れとは 泣き別れ自体には色々な意味があるが、この記事では、文章での泣き別れを指すこととする。 そして、文章において泣き別れとは、ページをまたいで文章が続くことを言う。   (以下泣き別れの例)   (泣き別れが解消されている例) 泣き別れと作家 小説における泣き別れが生じると、読者側のリーダビリティが損なわれる。 ついでにいえば、切りのいいところでしおりを挟もうと思っても、泣き別れが続くとなかなか終わりどころがわからなくなる そういう観点から、泣き別れを嫌う作家は少いながら存在する(気にしない人は全く気にしていないように見える。そして、気にしない派の方が多いだろう) 作家の京極夏彦は、この泣き別れをひどく嫌う人の一人だ。 本一冊の中で、一度も泣き別れをしていないと... 続きを読む

生きる意味を見失ってしまった。そんな時に

はじめに 自分の生きている意味はなんなのだろうか? 自分に生きている意味がないのではないか? 自分がこの世に生を授かった意味がわからない。 そんな時が唐突に訪れたりすることはないだろうか? この記事では私なりの生きる意味に対する考えを記す 生きる意味はどこにあるか? 生きる意味というのは、どこか路傍に転がっているものではない ましてや、他人から与えられるものでもない 「生きる意味を探す」という表現があるが、個人的にはピンとこない。 なぜなら、どの辺に落ちているものではないから。 ついでにいえば、自分探しの旅とかはあまり効果があるように思えない ならどうすればいいか? 生きる意味がないと感じており、生きる意味が欲しいのであれば、 自分で「生きる意味を創り出す」必要がある。 “ない”... 続きを読む

小説において「自分」とは何人称なのか?

はじめに 「自分」とは何人称なのだろうか? ちょっと疑問に思った 前提知識 ※小説の人称がわかっている人はスキップしてOK 小説は例外を除き、3人称小説か1人称小説に分類することができる。 これは、小説の地の文では、主語を3人称か1人称のどちらで扱うかで分けられる。 3人称:登場人物の名前を直接使う。あるいは、「彼」「彼女」という代名詞を使う 1人称:「私」「俺」「僕」などを使う 3人称の文章の例: 佐藤は、食事に出かけた。(登場人物の名前を直接使う) 彼女は、家に帰った(代名詞を使う) 3人称の文章の例: 俺は、寝坊した。 私は、洗濯をした。 「自分」とは何人称か? 答えをいうと「1人称」 理由は至極単純、「私」「僕」と同列で、自分自身のことを指す言葉だから。 それでも納得い... 続きを読む

小説を読んでいて作者視点が入っていると感じる瞬間

はじめに ネット小説などを読んでいると、たまに作者視点が入っているなと思うことがある。 どういった文章を読むと、作者視点と感じるのか、そこらへん自分の中で、きちんと言語化して説明したい。 ※外部参考サイト:三人称の「純粋な、完全な作者視点」をおさえる。(小説の作法) まあ、私は、人の文章を批判できるほど、自分の文章能力は高くないのだが…… ここ最近読んでいて、かなり作者視点が入っていると思った作品として、小説家になろうで掲載されている、「ポンコツ魔術師の凶運」と「J/53」(作者:池金啓太)という作品かな…… 作品(J/53)の特徴 最終更新日:2015/04/05 00:00 読了時間:約8,987分(4,493,293文字) 「小説家になろう」には40万作品以上ある中で、文字数の多い順で... 続きを読む

「マクガフィン」とは?具体例を交えつつ解説

「マクガフィン」とは マクガフィンとは、物語を動かす一要素ではあるが、別のものに代替可能なもの。 例えば、ルパンシリーズは、大泥棒であるルパン三世が、様々な財宝を盗み出す話である。この財宝は、金塊でも宝石でも美術品でも古書であっても、物語に支障はでない。財宝が金塊じゃないといけないといった特別な理由はない。そういう意味でこれはマクガフィンといえる。 ここで、「価値のあるもの」であれば何度も入れられる箱のようなもの想像してください。この箱に当てはまるものであれば、中身はなんでもよい。 ルパンシリーズにおいて、箱は、「価値あるもの」。中身は、金塊、宝石、美術品、古書などに相当。 箱:「価値のあるもの」 中身:金塊、宝石、美術品、古書 「マクガフィン」の具体例 『バカとテストと召喚獣』 バ... 続きを読む

物語に登場するキーアイテムの種類を分類してみた

キーアイテムとは いくつかの物語には、キーアイテムが設定されていることがある。(無論キーアイテムのない物語もあるが) 説明するまでもないだろうが、キーアイテムとは、物語において重要なアイテムのこと。 ただ重要と言っただけでは、いささか漠然としている。 また、キーアイテムがどのような役割を果たすか、物語によって異なる。 そこで、この記事では、物語において果たす役割を踏まえて、キーアイテムの種類を分けを試みたい。 目的型キーアイテム 「手に入れる」ことが目的となっているアイテム。とあるアイテムを手に入れることが主人公の最上の課題となっている物語がある。一番わかりやすい例として、そのアイテムを手にすると、願いを一つ叶えてくれるタイプ。アイテムを得ようとして多くの人で争う場合がある。目的型キーアイテ... 続きを読む

『電波的な彼女』(片山憲太郎)-感想解説(悪とは何か?)

『紅』と『電波的な彼女』の比較 主人公が事件を解決するタイプだが、一般的なこの手の作品と比べ、主人公(ジュウ)の力は弱い。 悲しいことに、メインヒロイン(墜花雨)より弱い(肉体的に)。ついでに、2巻目から出てくるサブヒロイン(斬島雪姫)にもおそらく勝てない。 主人公(ジュウ)は、一応、一般人よりはタフであるという設定はある。だが、所詮、人ひとりの力を超えない。 何か超常的な力を持たない。 事件解決型の物語でよくある、主人公の強力なパワーで、事件を解決する、といったことは主人公(ジュウ)にはできない。 そのため、解決のされかたも、みんながめでたくハッピーというエンディングにはならない。 なぜなら、人ひとりができることなんて、そんなに多くないから。ついでに言えば、『電波的な彼女』シリーズで、扱... 続きを読む

『紅』(片山憲太郎)-感想解説(西尾維新との比較)

話の概要 事件があって、主人公が戦闘を通して解決するタイプの物語。 揉め事処理屋(※何でも屋みたいな存在)である主人公真九郎を中心としたキャラの会話が面白い。キャラの造形がしっかり作りこまれており、どのキャラも魅力的で読者を飽きさせない。 作者である「片山憲太郎」は「西尾維新」(『クビキリサイクル』をはじめとする『戯言シリーズ』)と作風が似ているといわれる。 2chとかでも、パクった、パクっていないだとかごたごた騒がれる作品である。 確かに、物語の雰囲気は似ていると、私も感じる。 たしかに、『紅』は、影響は受けたかもしれないが、 『紅』は『戯言シリーズ』にない独自性や相違点があるため、 パクってはいないと私は考えている。 『戯言シリーズ』と『紅』の共通点と相違点 共通点 両作品も、女の最... 続きを読む

本一冊の平均的分量:10万文字、40シーン、10キャラ

本を書く時の、作家の思考 どのような思考で、作家が物語を紡いでいるか気にならないだろうか? 「気にならない」 そう答える人の方が多いと思う。 作家の思考なぞ、物語を純粋に楽しむのに不必要な要素だから。 しかし、私は考えてみることにした。 なぜか? たぶん暇だったからじゃないかな…… プロット 作家の多くがプロットと呼ばれるものを考える。 簡単にいえば、プロットとは、あらすじ。 ある意味当然といえば、当然。 話の流れを全く考えずに物語を書くのは難しい。 ※アニメ化した『これはゾンビですか』という作品の作家は。 一巻のあとがきで、プロットを考えずに作品を書いたという旨を記している。 たしかに、プロットなしの勢いで書いているといわれても納得する作品だった。 そして、プロットを... 続きを読む

よい小説とは何か?-最も単純な答えを示す

人は本を評価したがる生き物 多くの人が本を読み終えた時に、 いい本だったとか、つまらない本だったとか、 色々感想を持つと思う。 つまり、私達は、本の良しあしを判断する基準を 自分の中で持っているはずだ。 しかし、それをきちんと言葉で表すことができるだろうか? 本の良い点、あるいは、悪い点を挙げて、 それを具体的に表すのは難しくない。例えば、「主人公とヒロイとの会話が、切れのあるツッコミとボケの連続で、面白い」 しかし、人は時に、 「あの本よりもこの本の方が面白い」 と語る場合がある。 あるいは、人によっては、 「今まで読んできた本の中で、この本が一番おもしろい」 と語る場合がある。 いわゆる、自分の中の最高峰に位置する小説があるだろう。 ちなみに、私の場合、10年ほど前に読んだ ダニエル・キ... 続きを読む