『電波的な彼女』(片山憲太郎)-感想解説(悪とは何か?)

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目次

『紅』と『電波的な彼女』の比較

主人公が事件を解決するタイプだが、一般的なこの手の作品と比べ、主人公(ジュウ)の力は弱い。
悲しいことに、メインヒロイン(墜花雨)より弱い(肉体的に)。ついでに、2巻目から出てくるサブヒロイン(斬島雪姫)にもおそらく勝てない。

主人公(ジュウ)は、一応、一般人よりはタフであるという設定はある。だが、所詮、人ひとりの力を超えない
何か超常的な力を持たない。
事件解決型の物語でよくある、主人公の強力なパワーで、事件を解決する、といったことは主人公(ジュウ)にはできない

そのため、解決のされかたも、みんながめでたくハッピーというエンディングにはならない。
なぜなら、人ひとりができることなんて、そんなに多くないから。ついでに言えば、『電波的な彼女』シリーズで、扱っているテーマの中身も浅いものではない。
だから、すっきりした終わり方にはならない。(犯人は、逮捕や死などの報いは受けるが、改心したという描写ははっきり書かれていない)

そんなハッピーでない話でも、するする、読めるのは、作者の力量が高いからだろう。

片山憲太郎が書いた作品に『紅』がある。
『電波的な彼女』と同じく、事件解決型の物語だが、『紅』の主人公(真九郎)は、『電波的な彼女』主人公(ジュウ)と違い、超常的な力を持つ。そして、きちんとハッピーエンドに導くことができる。
それと比べると、『電波的な彼女』シリーズは救われない点が残る

  • 1巻目は、心を歪めてしまった犯人、紗月美夜
  • 2巻目は、目をえぐられた被害者、鏡味桜
  • 3巻目は、幸せを求め、失敗する犯人、白石香里(と綾瀬一子)

悪のあり方

この作品の悪役側がしっかり作りこまれている。
常人には理解できないが、一本筋の通ったロジカルをもって、悪意を剥き出す。
悪のロジックと呼べるものが、強固で、主人公が説得しても、悪役は、改心しない

敵役は、ファンタジーの魔王のような圧倒的な力を持っているわけではない。
むしろ、政治・経済的な力、肉体的な力は普通レベルだ。
だが、その力は、人の尊厳を踏みにじるように使う。
力の強い悪ではなく、力のふるい方に悪意が反映されている。
だから、この作品の悪は、生々しい。

1巻P290

「そんなこと言われると、思わず助けちゃおうかなって迷っちゃうよ。うまいよね、命乞いの仕方が」

主人公が必死になって、犯人を説得し、それに対する犯人の返答。
命乞いがうまいよねって返されているだけ。
普通の作品だと、ここで主人公に、ころっと犯人は説得される。だが、この作品ではそうはならない。

2巻目p247

「相手は、墜花さんか、それとも斬島さんか、まあどっちでもいいが、いつかは結婚するし、子供をつくるんだろ?」
訝しむジュウに、草加は悪魔の一言を放った。
「えぐってやるよ」

凶悪犯、通称「えぐり魔」(草加)が追い詰められた際のセリフ。
刑期が終わったら、再び、えぐり魔として、目玉をえぐって、売ると述べる。
犯人は一ミリも反省はしていない。

2巻の全体的な話を一言でまとめると
子供の目玉を売る、えぐり魔による犯行を主人公が解決しようとする話。

この話が救われないのは、親がえぐり魔に協力している点だ。
子供の目玉の対価として、親はえぐり魔からお金を手にする。
弱者である子供が、食い物にされるという点がつらい

子供(鏡味桜)には、親が関与しているということは最後まで知らされない。
視力を失っても、無垢な心を保っているのが逆に、読んでいて胸が苦しい。

2巻の第7章は、おまけだと思う。話としては6章ですでに解決しているが、さすがに全体的に暗くなりすぎるから、足したのではないかと邪推してしまう。

犯人役の関係性

3巻とも、主要な敵サイドは2人
長編一冊分の分量となると、敵が1人だけだと、物語が回らんのだろう。
真犯人(ラスボス)、ミスリード用の犯人役(中ボス)の2役。
※必ずしも、中ボス相当の犯人役がミスリード役とは限らないが……

とりあえず、物語で、後半に犯行が明かされる方をラスボスと定義
3巻それぞれ、2人の犯人役の関係性は異なる。

1巻
ラスボス:紗月美夜(フォロー役、性暴力の被害者、操る側
中ボス:賀来羅清(主犯、性暴力の加害者、操られる側

2巻
ラスボス:草加聖司(犯人
中ボス:橋本正巳(模倣犯

3巻
ラスボス:白石香里(リーダー役を隠れ蓑にして独自に行動
中ボス:綾瀬一子(リーダー役
手下:広瀬奈緒など
全員が、相手の幸せをつぶすことが自分の幸せにつながるというロジックを信じて行動。

正義のあり方

この作品の扱うテーマは深い。シリーズを通して、『正義』『愛』『幸福』『いじめ』などのテーマを扱っている。個人的に、特に印象深かったのは、2巻目の『正義』に対するとらえ方。

2巻目p150

いいか、ジュウ。この世に正義の味方はいない。でも、それでいいんだ。正義の味方はいなくていい。むしろ、いてはいけないんだ。
どうして?
そんなものがいたら、みんなそいつに頼っちまうだろ? それじゃあ、人間はダメになる。だから、正義の味方はいらない。正義の味方がいないからこそ、わたしたちは悪を憎み、正義を愛する。

主人公の母(紅香)の言葉。
なかなか、含蓄のある言葉だなと思う。
そして、この作品の正義のとらえ方が反映された部分だと感じた。
悪の手先はいるが、正義の味方はいない。
弱者が強食を食い物にされるこの作品の世界観があらわになっている。

そして、この作品において、正義サイドである主人公はこの言葉を受け止めたうえで、何を感じているのだろうか?
(紅香の言葉が今になってわかるという趣旨は書かれてはいるが……)
あるいは、『紅』において、正義の味方的な存在である紅香は、どういう思いでこの言葉を語ったのだろうか?
色々疑問がつきない。

2巻目P264

主人公(ジュウ)と被害者(桜)との会話
「悪い人、捕まったんでしょ?」(桜)
「まあね」(ジュウ)
「正義の味方は、やっぱりいるんだね」(桜)
「……そうだな」(ジュウ)

2巻目の最大の悪は、えぐり魔だ。
それでは、えぐり魔に子供の目玉を経済的な理由で売った親は悪なのか。
悪か正義かでいうと、悪だろう。
そして、親たちは捕まっていない……

私たちの心は、ここまでいかないまでも、まったく悪性のない存在だろうか?
全く、悪でない人はいない。
人の心に、悪は簡単に芽生える。私たちは、常に正義ではない。

正義の味方はいないと分かっているジュウ。
それにもかかわらず、桜の問いに肯定した。

P148、149

「不思議だよね。どうして実在しないものを、子供たちに信じさせるんだろう? 本当は何処にもいない正義の味方を、いると信じさせるんだろう?」
その問いには、ジュウも答えられなかった。

P149

ヒーローなんてものはおもちゃメーカーが商品を売るための広告塔でしかなく、そこに重要な意味を求めるなんて馬鹿げている。

ヒーローなんて馬鹿げているといった主人公が、正義の味方の存在を否定しなかったのかなんとなく理解はできる。(うまく言語化しにくいが……)

これは、私の意見だが、
正義の味方はいないかもしれないが、正義の味方を信じることはしてもいいんじゃないかな。
正義の味方を信じること。あるいは、物語の正義の味方を応援すること。
それ自体は否定されるものではないと思う。

この作品には、突出した力を持つ、正義の味方はいない。
正義サイドであるジュウも正義の味方と呼ばれるほどの力はない。
だから、ジュウは、悪を憎み、正義を愛するひとりの存在として、行動する。
等身大の主人公だからこそ、この作品のエンディングもそれ相応のものになる。

関連記事

この作品は、同一の作者に書かれた『紅』と設定がオーバーラップしている。『電波的な彼女』だけ読むと、主人公の母である柔沢紅香が、あまり人間的にいい人に見えないだろう。『電波的な彼女』における物語の人称の取り扱いは『紅』と似ている。(3人称でありながら、主人公から視点がほとんど動かない)

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